スイス・バーゼルとイタリア・ローマ。その2。

バーゼルでの日々は、朝スタジオに行き、横山さんと朝食をとり、
横山さんの仕事を横目で盗み見ています。
もう何度も見ているのですが、毎回毎回発見があるというのは嬉しいです。
自分自身がそれを見て感じられるようになった事(成長?)もそうですが、
何より新しい試みにチャレンジし続ける先輩が傍にいるのは、本当に刺激的です。
最近は、チェンバロとフォルテピアノの演奏と調律を研究しているようです。
訪れるたびに演奏もかなりの腕前になっていますし、楽器の状態も素晴らしいです。

お互いに仕事をしながら新作の木管フルートについて色々と談義をしていると、
旧知のフルート奏者クリストフ・ボッシュ氏(Christoph Bösch)が訪ねてきました。

クリストフ・ボッシュ氏はバーゼル音楽院を卒業後、オーレルニコレ氏の元で研鑽を積み、
ソロ演奏に加え、現代音楽アンサンブル「アンサンブルフェニックスバーゼル」のマネージャー兼フルーティストとして、スイス国内にとどまらず、世界中で精力的に活動しています。

彼とは、親父幸一郎が初めてスイスを訪れた20数年前から、
公私ともに楽しいお付き合いをさせていただいています。
私たちの制作したアルトフルートも愛用しています。

アルトフルートの調整もしながら、今回の旅の目的でもある、
新作本黒檀製フルートの試奏をお願いしました。
それこそ、この20年の互いの進化を知っているので、忌憚のない感想を聞ける奏者です。

その前に、、、
彼の愛用するC管フルートは、初代ロット(Louis Lot#9**)の円筒木管製。
元々の姿は、ドリュ―システムだったメカニズムをどこかの修理屋がクローズに改造。
その修理があまりにもひどく、横山さんがGisのメカごと作り直したという大変な経歴を持つ楽器。

さらに、、、
ボッシュ氏の前は、別の奏者が愛用していました。
その彼は職業演奏家ではありませんでしたが、ニコレさんのお弟子さんでもあり、
フルートの腕前はプロ奏者そのものでした。
とっても優しい気さくな方で、私たちの仕事を高く評価してくれて、
木管キングウッド製とアルトフルートを愛用して戴いていました。

しかし、残念ながら若くしてこの世を去る事になってしまい、
愛用の楽器達は音楽仲間たちに譲られていきました。
その中には初代ロットもあり、何人かの奏者の手に渡りかけたのですが、
何故か巡り巡ってボッシュ氏の元へやって来たのです。

ボッシュ氏はそれまで木管をじっくり吹いた事はなかったそうですが、
初代ロットを吹いた瞬間、一撃でヤラレテしまったそうです。

木管だろが、金属だろうが、古かろうが、新しかろうが、関係ありません。
魂の宿った楽器にしか出せない音があります。それを痛烈に感じたのでしょう。

私の制作した楽器はその場所まで行けるのだろうか、、、

フルートのストラディバリとも称される初代ロット吹きの彼に、
新作の若い木管とは思えない響きを奏でてもらいました。
彼も新品の楽器とは思っていないかのように、自由に吹き続けています。

楽器の完成度に関しては充分に成熟していると自負していますが、
時折違和感のある音が出ているのを感じます。
なんだろう。。何かが違う。。

日本を出国する前に細かいチェックをして持ってきたのですが、
もしかすると調整、バランスに狂いが生じてきたのかもしれません。

ロットと吹き比べながら、それぞれの楽器にとっての「ポイント」を探っている様子。
ボッシュ氏は時間がないようで、細かい感想まで聞く事は出来ませんでしたが、
帰り際に「近いうちに自宅で夕食でもしましょう」とのお誘いを戴きました。

彼が帰ってから、横山さんも違和感を感じていたようで、
一緒に見てもらいながら最細部まで調整をする事になりました。

楽器を精査していくと、やはり狂いが生じていました。
日本との気候の違いがこんなにも影響するのかと、改めて感じます。

簡単に言うと、隙間が空いてしまったので音にならない時がある状態です。
順調に細かい隙間を埋めていき、徐々に決まってくる感触。

一通り目視出来るところの問題点は、すべてクリアしたと思ったのですが、
なかなか、最後の最後が決まりません。
木管の調整というのは、とても難しく、ちょっとでも空いていると鳴りません。
見た目では問題ないのですが、吹いてみると、違和感が残っています。
うーん、、、

ここで、横山さんからアドバイスをいただきました。
問題のある箇所を無くそう無くそうとするだけではなく、
問題のある箇所をあぶり出すように、ちょっと遠回りしてみたらと。

具体的には、細かいところを埋めるのを止めて、
それらすべてを覆い隠し埋めてしまうような大きなものを問題箇所に当ててみる。

するとどうでしょう。
問題は今まで見ていたところではなく、もっと別の所にあるのが判明しました。

これです。これ。
こういうところで経験値としての差が出ます。

早速、浮き出てきた問題を解決して息を吹き込んでみると、
今までよりももっと深く厚い響き。
完成時よりも良くなったような感じがします。

調整や修理という仕事は、制作と同じように難しくて、
奏者に近いところで対応しなくてはいけないので、より複雑です。

「制作一筋」というのは聞こえは良いのですが、その先には奏者が、
その向こうには音楽がある事を忘れがちになってしまう時があります。


誰の何の為に制作するのか。
奏者の為でもあるし、制作者としての欲望の為でもあり、家族が生きる為の生業でもあり、、、
問い続けなければいけない命題です。

そんな事まで考えてしまいました。。。

また一つ得難い経験をさせて戴きました。感謝です。

気付けば、晩御飯の時間をとっくに過ぎてしまいました。。
お腹が空いたので、横山さんと近所のタイレストランへ。
この日のビールは格別でした。

桜井秀峰

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